*授業の回数(第11回)と動画の番号(10)がずれていますが、間違いではありません。
10 ロイド=ウェッバー(2-1)
10 ロイド=ウェッバー(2-2)
まず、ご報告です。この授業の第8回で取り上げたスティーヴン・ソンドハイムが26日金曜日に亡くなりました。
社会派の「カンパニ」ーやホラーの「スウィーニー・トッド」など、従来のミュージカルとは一線を画したシニカルな作風でミュージカルの表現力を拡大した人でした。
カンパニーの最後の場面、周りから結婚しろと言われることに疲れたボビーが、友人たちを遠ざけながらも率直な心情を歌うところを追悼の気持ちとともにお聞きいただきましょう。
視聴:(カンパニー)最後の場面
ソンドハイムのご冥福を祈りたいと思います。
さて、前回は比較的新しいロックミュージカルとして「レント」を見たあと、1970年代以降のミュージカルの歴史を塗り替えた作曲家、アンドリュー・ロイド=ウエッバーの初期の作品を眺めました。
ロイド=ウエッバーはロンドンの音楽一家に生まれ、1971年にロックミュージカル「ジーザスクライストスーパースター」で一躍注目を集めます。この作品は、ロックミュージカルという、当時としては斬新な音楽スタイルを採用しただけでなく、キリストを人間として描くというその内容によっても話題を呼びましたが、ヨーロッパ生まれのミュージカルが本場アメリカに進出するという道を開いたという意味でも画期的なものでした。
ロイドウエッバーの音楽的特徴としては、
・通作が多い
・ライトモチーフないし循環主題による音楽的統一
・多彩な音楽ボキャブラリー
・初期作品にみられる宗教性
といったことが挙げられます。
ということで、前回は、「ジーザス」に先立つ作品「ヨセフ・アンド・アメージング・テクニカラー・ドリームコート」、「ジーザス」に続く「エビータ」、そして「キャッツ」という初期の作品を眺めて、そこにキリスト教的な題材を描くという共通点が見られることを確認していただきました。
今回はその後のロイドウエッバーの作品を眺めていきます。
キャッツの3年後に、「スターライト・エクスプレス」という作品が生まれます。
出てくるのは鉄道の列車たちで、一番速いのは誰か、を競います。
これからご覧いただくのはドイツで上演された時の宣伝用映像で、言葉はドイツ語になってます。
視聴:「スターライト」ドイツ版トレイラー
近未来的なコスチュームにテクノっぽい音、特設ステージをローラースケートで疾走するスピード感。
魅力にあふれた作品ですが、特設の会場が必要で、キャストにも特別な訓練が必要なことなどから、数年おきに世界のどこかで上演されている、という感じで、なかなかロングランは実現しません。
また、冷静に考えると「キャッツ」の焼き直し、猫の代わりに列車を並べただけ、という感じが否めないのも残念ではあります。ちなみに、ここでは宗教性は全く感じられません。
その2年後、1986年に、ロイド=ウエッバーはジーザスとも「キャッツ」とも全く違うタイプの傑作を生みだします。「オペラ座の怪人」です
。原作はガストン・ルルーによる怪奇小説で、映画化も何度もされてきた、有名な題材です。
ロイドウエッバーはこれを単なるホラー・サスペンスではなく、怪人の孤独な心中を描いたヒューマンな物語に仕立て、人々の共感を得ることになりました。
また、前回も触れていただいたように、クラシックにも造詣が深く、実際のオペラとみまごうほどの腕前で様々なスタイルの音楽を作って見せることのできる才人、ロイドウエッバーならでは腕前が存分に発揮されています。
主人公クリスティーヌは、音楽の天使と名乗る謎の人物から歌の指導を受けてきましたが、彼こそオペラ座の地下に住むと言われる怪人だったのです。怪人はクリスティーヌに恋心を抱き、自分のものにしようとします。一方、クリスティーヌを愛するラウルは彼女を守ろうとし、クリスティーヌもラウルに惹かれていきます。
まず、オペラ座のコーラスガールだったクリスティーヌがオーディションに抜擢され、それがきっかけでラウルと再会する場面を、ロングラン25周年記念として行われた公演からご覧ください。
視聴:「オペラ座の怪人」25周年公演より「Think of me」
クリスティーヌを自分のもとにとどめたい怪人は、オペラ座の地下にある自分の隠れ家にクリスティーヌを連れてきます。
視聴:「オペラ座の怪人」25周年公演より「Angel of music」~「music of the night」
オペラ座では奇怪な事件が次々に起こります。恐ろしくなったクリスティーヌはラウルに助けを求め、オペラ座の屋根の上で愛を誓うのでした。
視聴:「オペラ座の怪人」25周年公演より「All I ask of you」
この「オペラ座の怪人」は、キャッツに勝るとも劣らない傑作として長く上演され続けます。
「オペラ座」に続いて、ロイドウエッバーは「アスペクツ・オブ・ラブ」を世に送ります。
「オペラ座」の壮大さとは打って変わった、複数の男女の間の狭い世界での恋の物語。
音楽は流麗で美しいのですが、描かれているのは、オペラ座の怪人の純粋な恋心とは全く異質な、大人の恋愛模様で、私なんかは正直、とまどいを感じてしまいます。
トニー賞の授賞式で歌われた「愛は世界を変える」では、移り気な大人の関係が簡潔に描かれています。
視聴:「アスペクツ・オブ・ラブ」より「愛は世界を変える」
この辺りから、ロイドウエッバーは迷走、さまよい始めた、と私は思います。
「サンセット大通り」、「ホイッスル・ダウン・ザ・ウィンド」、「ウーマン・イン・ホワイト」と、小説や古い映画を下敷きにした作品が続きますが、大ヒットにはつながりません。
音楽的クオリティは相変わらず高いのですが、台本の内容がそれに見合わず、才能の浪費という感じがします。
初期の作品のようなピュアな表現意欲や冒険心が見られなくなったのかもしれません。
そんな彼でしたが、2007年に「オペラ座の怪人」の続編を作る、と報道された時には、世間の期待は高まりました。
とはいえ、あの悲しい恋の物語の続きをどう描くのでしょうか。
そもそもオペラ座の怪人の最後の場面で、怪人は焼け死んだのではなかったのでしょうか。
実は生きていた、という前提で、続編「ラブ・ネバー・ダイズ」は作られました。
舞台は10年後、パリではなく、アメリカの遊園地、コニーアイランド。怪人はこの遊園地の中の劇場で、支配人をしていたのです。
視聴:「ラブ・ネバー・ダイズ」(2011年メルボルン公演)より冒頭
怪人は、この劇場のソリストとして、クリスティーヌに出演を依頼します。クリスティーヌはラウルと結婚して子供を授かり、ラウルのふるさとスウェーデンに住んでいたのですが、依頼を受けてアメリカにやってきます。そして自分を呼んだのが、実はあの怪人だったことを知るのです。
視聴:「ラブ・ネバー・ダイズ」(2011年メルボルン公演)より怪人との再会
実はオペラ座で怪人に連れ去られた夜、クリスティーヌは怪人と関係を持っていました。子供の父親は、ラウルではなく怪人だったのです。怪人と再会したクリスティ-ヌは、自分の心の中に怪人への思いが残っていることを自覚し、「愛は決して死なない」と歌うのです。
視聴:「ラブ・ネバー・ダイズ」(2011年メルボルン公演)より「愛は死なない」
美しい。プッチーニの生まれ変わりかと思うくらいです。音楽のクオリティは相変わらず素晴らしいのです。それなのに、なぜ、こんな話になってしまったのでしょうか。
オペラ座の怪人の続編、というので期待した人たちは、あの混じりっ気のない一途な恋心もう一度出会いたい、と思っていたはずです。それが見事に外されてしまいました。
「あの感動をどうしてくれるんだ」――「ラブ・ネバー・ダイズ」を見た人は、みんなそう思ったはずです。
初演前はきっとまたロングランの記録を作るに違いないと期待された作品でしたが、わずか9ヶ月で公演は終わってしましました。
ロイドウエッバーはその後、「オズの魔法使い」の新しいプロダクションや、映画でヒットした「スクール・オブ・ロック」の舞台版のプロデュースなどをしています。
創作意欲が枯れてきたのかもしれません。
いま、ロンドンの主なミュージカル劇場は全部ロイド・ウエッバーの持ち物です。競馬馬の飼育にも熱心だそうです。
有り余るお金と名声を手にした結果、せっかくの才能が浪費されることになったのだとしたら、とても残念なことだと言わざるを得ません。
そうはいっても、ロイド=ウエッバーがものすごい才能のある人だということは間違いありませんし、たくさんの傑作をミュージカルの世界に残してくれたということには感謝しないといけませんよね。
今日はキャッツで成功を収めた後のロイドウエッバーの仕事をみていただきました。
次回はウィーン、パリなどヨーロッパ系のミュージカルです。お楽しみに。